自分が自分であるということ

2006年7月24日

日記

一口に、自分の性質がどんなか…
ということを言うのは難しいと思いますが。
例えば、子どもの頃、通知表によく書かれていたことは何ですか?



 「落ち着きがない」


 「非常に活発である」


 「リーダーシップを発揮する」



…等々。
私、小学校から高校まで、実に12年間も同じことを書かれ続けました。



とても感受性が強い



担任が変わっても、同じなんです、書かれることは。
そして、この12年の間に1人の先生を除いて、
この言葉は好意的なものではなかったと思われます。

言い換えれば、


感受性が強すぎて、非常に扱いにくい子どもである
ということでしょうね。

よく聞く言葉ではありますが、感受性とは以下の通り。

外界からの刺激を深く感じ取り、心に受けとめる能力。
外界の刺激や印象を感じ取ることができる働き。

(大辞林、大辞泉より)

正直なところ、強い感受性とは、
持っていても得するものではないと思います。
むしろ、他人の感情をダイレクトに受けてしまう傾向が強く、
友人と会話中に、



 「こっちが言うことを、先に分かって聞いているみたいで気持ち悪い」



と言われて傷付いた経験が何度もあるからです。

子どもの時って考えなしですから、相手が口に出す前に
うっかり言っちゃったりする失敗、したんですよねぇ…。
今はソレと察知していても、先回りする会話はしなくなりました。

それが原因でイジメにあうことはありませんでしたが、
教師にとっても同じだったようで、
見透かされているようで気味が悪いと、
ハッキリ言った担任がいたほどです。


話の前置きが長くなりましたが、
唯一、この性質を認めてくれてた先生のお宅へ、
今日久々に遊びに行きました。

…ご近所なので、わりと頻繁に行ってるんですが。

自分が小学校時代、どんな子どもだったのかなんて覚えてないんですけど。
先生って、卒業してから何年も
(と言うのもおこがましい程の年数が)経ってるのに、
信じられないくらい、よく覚えてるんですねぇ…。

私は何でか知りませんが、
先生の中ではかなり強烈な印象の子どもだったようです。
私の特異な性質について、



 「あなたのキラキラとした感受性と、穏やかな心がとても好きです」



と表現したのは、この先生だけでした。
私の個性を尊重し、自分が自分であること、を認めてくれた
この先生と両親がいたから、今の自分があるのだと思っています。


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