12年目に思うこと

2007年1月17日

日記

※知らない方は今年の日記を読む前に、
 去年の日記をお読みください。


とりあえず今、生きてることで、
別に大したことなかったんじゃない
…と周囲には思われているようです。
(現地で同じ状況だった友人を除いて)

実際、どの程度だったのかというと、
震災で下宿と大学が全壊した。

これを、その程度と言うべきかどうか分からないけど。

ええ、まぁ、住むところがなくなっちゃって、避難所生活もしたし、
数ヶ月間、親戚中たらい回しになった挙句、
結局、仮設住宅に入って1年間生活しました。



私が入居していたのは、SHC(student housing coop)という、
学生生協のやっている仮設学生寮でした。

兵庫県内5ヵ所にあった学生寮のうち、
私の入居していたSHC芦屋寮は、
唯一、杉間伐材で建てられたログハウス。
(この建物については、大学生協神戸地域センターの
HP等にも説明があります)

芦屋の壊れたテニスコートの上に建てられたこのログハウス、
見た目はとても可愛らしいものでしたが、
住んでみるとこれがまた、相当スゴイもので…(-_-;)


1部屋1棟ずつで、それぞれのプライバシーは守られているものの、
台所・トイレ・風呂は別棟にあり、一旦外に出なくてはならない

夏場はテニスコートの上にあるため、
室内の気温が45℃という恐ろしい暑さに…!!

こんな状態では、クーラーも扇風機さえも無意味。
当然、床に座れないし、寝るどころではありません。


年数回の強風・暴風雨で屋根が持ち上がり、
また、木材の乾燥により隙間が空いて(壁は薄い杉板一枚)、
部屋の中から外が見える状態で冬を過ごしてきましたしね。



 「明日の朝は、凍えて生きて起きれないかもしれない…」



六甲おろしの吹き荒れる中で、そんな生活。
要するに、毎日がキャンプ状態。

それでも、住むところがあるだけマシだと思ってたし、
そんな状況をも楽しんで暮らせたのは、若かったから…でしょうね。



プレハブ寮の方も、大して変わらないんじゃないかと思うんです。

震災後、仮設で亡くなった方もとても多かったですが、
仮設住宅というのは実際暮らしてみて、よほど健康な人じゃない限り、
本当に生きて暮らせる場所じゃないんですよ。

寝る場所は避難所の階段、
食料の配当もなく、ご近所の方に善意で分けて戴いた
おにぎりの欠片だけで1日を過ごしたこと。

水をもらうために、自衛隊が来るのを何時間も待ちわびたこと。
電車が通じている駅まで、2時間半かけて歩いたこと。

仮設住宅で暮らした日々も。


アレを経験したら、どこでだって、
どんな状況だって生活出来ると今は思う。

自分で経験してみないと、
どんなに苦しくて大変かなんてことは絶対に分からない、
ってことも、今は理解出来る。



そして。

1月17日が来るたびに願うのです。
もう二度と、あんな暮らしをしなくてもいいように、と。


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