去年の日記をお読みください。
とりあえず今、生きてることで、
別に大したことなかったんじゃない
…と周囲には思われているようです。
(現地で同じ状況だった友人を除いて)
実際、どの程度だったのかというと、
震災で下宿と大学が全壊した。
これを、その程度と言うべきかどうか分からないけど。
ええ、まぁ、住むところがなくなっちゃって、避難所生活もしたし、
数ヶ月間、親戚中たらい回しになった挙句、
結局、仮設住宅に入って1年間生活しました。
私が入居していたのは、SHC(student housing coop)という、
学生生協のやっている仮設学生寮でした。
兵庫県内5ヵ所にあった学生寮のうち、
私の入居していたSHC芦屋寮は、
唯一、杉間伐材で建てられたログハウス。
(この建物については、大学生協神戸地域センターの
HP等にも説明があります)
芦屋の壊れたテニスコートの上に建てられたこのログハウス、
見た目はとても可愛らしいものでしたが、
住んでみるとこれがまた、相当スゴイもので…(-_-;)
1部屋1棟ずつで、それぞれのプライバシーは守られているものの、
台所・トイレ・風呂は別棟にあり、一旦外に出なくてはならない。
夏場はテニスコートの上にあるため、
室内の気温が45℃という恐ろしい暑さに…!!
こんな状態では、クーラーも扇風機さえも無意味。
当然、床に座れないし、寝るどころではありません。
年数回の強風・暴風雨で屋根が持ち上がり、
また、木材の乾燥により隙間が空いて(壁は薄い杉板一枚)、
部屋の中から外が見える状態で冬を過ごしてきましたしね。
「明日の朝は、凍えて生きて起きれないかもしれない…」
六甲おろしの吹き荒れる中で、そんな生活。
要するに、毎日がキャンプ状態。
それでも、住むところがあるだけマシだと思ってたし、
そんな状況をも楽しんで暮らせたのは、若かったから…でしょうね。
プレハブ寮の方も、大して変わらないんじゃないかと思うんです。
震災後、仮設で亡くなった方もとても多かったですが、
仮設住宅というのは実際暮らしてみて、よほど健康な人じゃない限り、
本当に生きて暮らせる場所じゃないんですよ。
寝る場所は避難所の階段、
食料の配当もなく、ご近所の方に善意で分けて戴いた
おにぎりの欠片だけで1日を過ごしたこと。
水をもらうために、自衛隊が来るのを何時間も待ちわびたこと。
電車が通じている駅まで、2時間半かけて歩いたこと。
仮設住宅で暮らした日々も。
アレを経験したら、どこでだって、
どんな状況だって生活出来ると今は思う。
自分で経験してみないと、
どんなに苦しくて大変かなんてことは絶対に分からない、
ってことも、今は理解出来る。
そして。
1月17日が来るたびに願うのです。
もう二度と、あんな暮らしをしなくてもいいように、と。
とりあえず今、生きてることで、
別に大したことなかったんじゃない
…と周囲には思われているようです。
(現地で同じ状況だった友人を除いて)
実際、どの程度だったのかというと、
震災で下宿と大学が全壊した。
これを、その程度と言うべきかどうか分からないけど。
ええ、まぁ、住むところがなくなっちゃって、避難所生活もしたし、
数ヶ月間、親戚中たらい回しになった挙句、
結局、仮設住宅に入って1年間生活しました。
私が入居していたのは、SHC(student housing coop)という、
学生生協のやっている仮設学生寮でした。
兵庫県内5ヵ所にあった学生寮のうち、
私の入居していたSHC芦屋寮は、
唯一、杉間伐材で建てられたログハウス。
(この建物については、大学生協神戸地域センターの
HP等にも説明があります)
芦屋の壊れたテニスコートの上に建てられたこのログハウス、
見た目はとても可愛らしいものでしたが、
住んでみるとこれがまた、相当スゴイもので…(-_-;)
1部屋1棟ずつで、それぞれのプライバシーは守られているものの、
台所・トイレ・風呂は別棟にあり、一旦外に出なくてはならない。
夏場はテニスコートの上にあるため、
室内の気温が45℃という恐ろしい暑さに…!!
こんな状態では、クーラーも扇風機さえも無意味。
当然、床に座れないし、寝るどころではありません。
年数回の強風・暴風雨で屋根が持ち上がり、
また、木材の乾燥により隙間が空いて(壁は薄い杉板一枚)、
部屋の中から外が見える状態で冬を過ごしてきましたしね。
「明日の朝は、凍えて生きて起きれないかもしれない…」
六甲おろしの吹き荒れる中で、そんな生活。
要するに、毎日がキャンプ状態。
それでも、住むところがあるだけマシだと思ってたし、
そんな状況をも楽しんで暮らせたのは、若かったから…でしょうね。
プレハブ寮の方も、大して変わらないんじゃないかと思うんです。
震災後、仮設で亡くなった方もとても多かったですが、
仮設住宅というのは実際暮らしてみて、よほど健康な人じゃない限り、
本当に生きて暮らせる場所じゃないんですよ。
寝る場所は避難所の階段、
食料の配当もなく、ご近所の方に善意で分けて戴いた
おにぎりの欠片だけで1日を過ごしたこと。
水をもらうために、自衛隊が来るのを何時間も待ちわびたこと。
電車が通じている駅まで、2時間半かけて歩いたこと。
仮設住宅で暮らした日々も。
アレを経験したら、どこでだって、
どんな状況だって生活出来ると今は思う。
自分で経験してみないと、
どんなに苦しくて大変かなんてことは絶対に分からない、
ってことも、今は理解出来る。
そして。
1月17日が来るたびに願うのです。
もう二度と、あんな暮らしをしなくてもいいように、と。
