11年

2006年1月17日

日記

本日、2回目の更新です。

というのも、毎年、自分にとって
この日に書くことが一番重要な気がするからです。



11年前のこの日、
あなたはどこで何をしていたか、覚えていますか?



1年のうち、自分の年齢を一番最後に終えるこの日。

1995年1月17日、
私は兵庫県芦屋市で被災しました。

新年に気持ちを新たにする人は多いと思うのですが、
私にとって1年の総括は今日なのです。



今年は去年のように節目の年ではないので、
昨年ほどの報道もなければ、関心もないような印象があります。

風化させたくないと思う人も多いけれど、
私自身は、何にもなかったと思える日が、
出来るだけ早く来ないかと毎年考えています。


人間の脳というのは、許容量を超えるショックを受けると、
記憶を封じ込めてしまうか、強く残してしまうものなのかな?
と思うことがあります。

震災の当日・翌日の記憶、
不思議なことに朝から晩まで、自分がどこで何をしていたのか
11年過ぎてもハッキリと覚えているのです。


3日後に避難した親戚宅で意識不明になり、
気付いたら実家に連れ帰られていたので、
残念ながら1月20~22日までの記憶がありません

起き上がれるようになったのは震災から2週間後
恐怖で家の外に出られず、
外の空気に触れることが出来るようになったのは1ヶ月後のことでした。



もうそんなに過ぎたのか、と思う一方で、


あの日の記憶が未だに少しも消えることがないから。

地震は他人事ではないから。

いつ自分が当事者になるか分からないから。


あの地から離れて暮らしている今でも、
自分だけは大丈夫
そういう気持ちを持つことはなくなりました。



「今年も1年、無事に生きてた」



そんな当たり前のことに感謝して、
明日からまた、新しい1年を始めていきたいと思います。


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